大衆映画食堂

昭和の日本映画に登場する食べ物たちの記録

『わが命の唄 艶歌』うどん、牛乳とパン、多聞(日本酒)、仁丹

わが命の唄 艶歌

宣伝会社のコピーライター・津上卓也(渡哲也)は同僚のイラストレーター・亜矢子に求婚するも、彼女はその夜のうちに自殺。上司・黒沢正信(佐藤慶)は失意の津上の尻を叩き彼をルピエ化粧品のCMに登用、津上の提案したエネルギッシュなコピーは評判を呼ぶ。黒沢は直後にテレビ局へ局長として転職し、津上を一流広告会社・弘報社へコマーシャルミュージックのディレクターとして入社させる。さらに3年後。レコード会社・ミリオンレコードへ転職しプロデューサーになった黒沢は、売れっ子ディレクターになっていた津上を自社へ引き抜き、制作ディレクターにしようとする。しかしCM音楽を馬鹿にする重役に反抗的な態度を取った津上は社内ディレクターの下につかされることになり、彼は「艶歌の竜」と呼ばれる演歌プロデューサー・高円寺隆三につくことを選ぶ。演歌を凡俗と考えていた津上は、あえて正反対の考えを持つ高円寺につこうと考えたのだ。


演歌がまだ俗悪・低俗・退廃とされていた時代の音楽業界を舞台とした物語。
本作は演歌が「日本の心」となる過程を描いた物語であり、本作を鑑賞する際はその歴史を仔細に解説した輪島祐介『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社新書)が大変参考になる。
渡哲也に目をかけ引き抜きを繰り返す上司役の佐藤慶が大変魅力的で、感情を排した虚無的・冷徹な雰囲気とカリスマ性が同居する不思議な人物を演じている。また、彼に対し叙情と情念に浸かりながらも同じく虚無的な雰囲気を持つ「艶歌の竜」を演じる芦田伸介もすばらしい。この「艶歌の竜」を取材したという設定のドキュメンタリー映像が映画内映画として流れるのだが、これがほんとにそういうドキュメンタリー映像に見える。

┃ うどん

亜矢子に自殺され失意の津上はふてくされて会社を休み、引きこもりになる。食事もろくに取らず寝てばかりいるが、それを心配した下宿屋の娘・京子(水前寺清子)がうどんを持ってきてくれる。でもふてくされて食わない。そこへ上司・黒沢が訪ねて来て彼の根性をたたき直すのであった。

┃ 差し入れのパンと牛乳

黒沢は津上を取り立て、人気化粧品ブランドのメインコピーライターに抜擢。長いコピーも書くようになる。会社へ泊まり込みで書いていた津上のもとに、早朝、パンと牛乳を持った黒沢がやって来る。朝10時の入稿前に、先にチェックしに来たらしい。

┃ 日本酒・多聞

学生時代の友人で現在はテレビ局に勤務する友人と再会した津上は京子の働く歌声酒場へ。ここで供されている日本酒の銘柄は「多聞」らしい。「多聞」は当時多聞酒造の製品だったが、現在は大関酒造に譲渡されている。

┃ 仁丹

音楽感覚を活かし、広告会社でCMディレクターとして活躍するようになった津上は仁丹を服用するようになっていた。黒沢にどうしたんだと問われ、イライラしてタバコばかり吸うようになったから、と答える。あんな超ウルトラかわいい渡哲也にイライラさせるなんて日本の広告業界は間違ってる。
仁丹の歴史は森下仁丹株式会社のサイト「森下仁丹歴史博物館」で参照できる。

┃ 料亭と場末の歌声酒場

なお、デジタル派・黒沢とアナログ派・高円寺では行く店も違うらしい。黒沢はちゃんとした料亭(津上の歓迎会なのでちゃんとした店なのかも知れないけど)、高円寺は場末の酒場。
高円寺は流しの歌うたいの出入りする酒場へ行って新人発掘も行っているようで、京子は酒場で歌っているところを高円寺に見いだされ、デビューのチャンスを得ることになる。