大衆映画食堂

昭和の日本映画に登場する食べ物たちの記録

『怪談 片目の男』マスカット、スープ、ブランデー、薬と水筒の水、牛乳


怪談 片目の男

会社社長・恩田晃一郎(西村晃)が海釣り中に事故死。その財産分与を巡り、彼が生前委託していたという弁護士によって関係者たちが別荘へ呼び集められる。恩田が別荘にしていた古い洋館に集まったのは、妻・美千子(中原早苗)、融資を受けていたカメラマン・下田(川津祐介)、専務・大西(三島雅夫)、その秘書・圭子(安城百合子)、死亡診断書を書いた医師・深沢(上田忠好)、恩田から生活援助を受けていた車椅子の女・雪子(北条きく子)、そして“お父さん”を訪ねてきたという少女・陽子(北条純子)。しかし彼らを呼び集めた弁護士は出張中に大雨に見舞われ、到着が遅れているという。関係者たちは我こそが遺産をもらう権利があると思いながら弁護士の到着を待つが、その夜から洋館では立て続けに怪異が起こり、次々に関係者が殺されてゆくという惨劇が巻き起こる……


ホラーサスペンス。怪奇映画的な演出とゴシックホラー風のフレーバーがマッチした傑作プログラムピクチャー。
怪奇現象だと思われた数々の現象も、最後まで見るとすべて説明がつく仕掛け。細やかなところまで脚本が詰められており、スピーディーでテンポのよい展開が観る者を飽きさせない。主人公をキリスト教徒にしている設定もただの雰囲気演出でないところが秀逸。
一つ気になったことがある。洋館の地下倉庫には首像の石膏像が置かれている。あまりアップで映らないのでよく見えないのだが、おそらく通称「あばたのヴィーナス」と呼ばれる像だと思う。だとすると、この像はヘルメスやマルスではなく、「あばたのヴィーナス」であることに意味があるのだ。仕掛けに気づいたときは思わず声を上げそうになった。「あばたのヴィーナス」は首から上のみのヴィーナス像だが、その名が示す通り、顔の表面にあばたのような抉れ傷がたくさんついている。熱湯のシャワーで顔に重いやけどを負い、地下室へ逃げてきた中原早苗西村晃に「おまえは美しかった、だがその内実は悪魔」というようなことを言われるシーンで、中原早苗はこの像を抱いて倒れる。つまりこのヴィーナス像の姿と中原早苗の姿をだぶらせているのだ。気づいたときは驚いて思わず声を上げそうになった。
(とは言っても像がよく見えなかったので、あばたのヴィーナスじゃなくてラボルトとかだったかもしれない。)

┃ マスカット

関係者たちが寄り集まってくる前、この洋館を手に入れられると思い込んでいる中原早苗&川津祐介がベッドに横たわって大粒のマスカットを食べている。しかも口移し。彼らは西村晃の目をかすめて不倫していたのだ。そして、西村晃を風呂に沈めた上でボートに乗せて沖に放置し、事故死に見せかけたのは、実はこいつらだったのである。

┃ スープ

関係者全員が集まったところで、弁護士を待って夜を明かすことになった面々。夕食は婆やが用意したものを食堂で摂っていたのだが、雪子だけは二階の自室で食事をしようとしていた。ふと見ると屋敷に住み着いているらしい黒猫がお腹をすかせている。雪子がスープを少し手に取り、黒猫に舐めさせると、黒猫がバタリと倒れてしまう。スープに毒が入っていたのだ。雪子が「誰かが私を殺そうとしたのよ!」と大声を上げると食堂にいた面々が集まってくる。面々はすでにスープを飲んでいるがなんともない。黒猫はショックで倒れただけだろうとその場はうやむやになるが……
なお、このときの食事メニューはスープ、バターロールなど。シーン順序的に夕食だと思ったのだが、なんだか朝食みたいなメニューだ。もしかして朝食だったのだろうか。

┃ ブランデー

弁護士の到着が遅れるまま、二晩目を迎えた一同。医師が恩田の棺の中で死んでいたことや立て続けに起こる怪異に、みな神経が立っている。中原早苗がお酒でも、とバーカウンターからブランデーを出してグラスに注ぎ、川津祐介三島雅夫と乾杯するも、中原早苗のグラスに上から何かが滴り落ちてくる。見上げると天井の照明に猫の死骸が乗っており、そこから血が滴ってグラスに落ちていたのだ。絶叫する中原早苗

┃ 薬と水筒

西村晃を“殺して”いたのは実は中原&川津だけではなかった。三島雅夫とその秘書、医師もまた西村晃を“殺して”いたのだ。
西村晃が事故死した日、この別荘へ向かう車の中で、秘書は西村にを飲むよう促し、薬ビンと水筒の水を渡す。実はこれには医師の調合した睡眠薬が入っていたのだ。そして船で沖へ出たところを見計らって(実は中原&川津がボートを沖に出したのだが)、眠っている西村晃を海へ突き落としたのである。

┃ 牛乳

関係者は車椅子の女・雪子とお父さんに会いに来たという娘・陽子を残して全員死亡。雪子はかつて西村晃が運転していた車にひかれて下半身不随になり、西村の援助を受けて生活してきたという。ところがこの雪子も実は悪女で、怪我はとっくに完治していながら足が悪いふりをして西村を騙し、補償金を搾り取っていたのだ。そして西村の娘である陽子を殺せば遺産は全て自分のものになると踏んだ雪子は陽子を殺そうと、毒入りの牛乳を作る。この牛乳に入れた毒というのが、すなわち、冒頭で雪子の食事のスープに入っていた毒なのである。彼女ははじめから遺産目当てでやって来たのだ。