大衆映画食堂

昭和の日本映画に登場する食べ物たちの記録

『日本侠花伝』やきいも、留置所の官弁、風呂吹き大根と酒茶漬け、パン、こしょう、ラムネと菓子、麦茶、トマトとスモモ、届け付けの酒、米


日本侠花伝

大正初期。宇和島の貧しい漁師の娘・ミネ(真木洋子)は地元の豪商の子息・実(村井国夫)と駆け落ちして九州へ来ていた。彼女らが乗っていた列車で代議士が殺されるという事件が発生、その犯人・清次郎(渡哲也)が逃げる最中に実の隣に座ったいきさつからミネらは警察に捕まる。やっと釈放された二人は門司に向かい新たな生活を始めるも、それを嗅ぎ付けた実の母がミネの留守に実を迎えに来てしまう。ミネは実を追いかけるが、彼はもはやミネと共に暮らす気はなく、ミネは絶望し、断崖から投身自殺する。実はそれを止めようとするも、二人とも海中に落下。偶然船で付近を通りかかった侠客・長田金造(曽我廼家明蝶)が彼らを救命した。実はそのまま実家へ帰り、ミネは神戸で長田の妻になる。ところがその結婚初夜、長田の屋敷にあの清次郎が忍んできて、長田に重傷を負わせたのである。ただし、わざと急所をはずして……。


ある女の一代記。
加藤泰の作品を見ていて、女性は生々しく貪欲であり、恋愛描写に関しては嫌な意味でのリアルさ(こういう女に迷惑をかけられた記憶が蘇る系)をたたえているのだが、男性は清廉で冷たく透き通る湧水のような人物造形が多いように思う。それは本作も同じで、この『日本侠花伝』の説得力は渡哲也にあるのではないだろうか。手は血で汚れながらも、その魂は輝くばかりに清廉である。しかしながら情念のこもった、鬼百合のような美しさ。他の男性キャストはナチュラルな雰囲気の人が多いので、どちらかというとアイドル容姿の渡哲也はかなり目立つ。真木洋子演じるヒロインは正直「色気違いでは?」と思われる節があるのだが、それを浅ましいとかはしたないとか思わせないのは(命の恩人であり、何一つ欠点のない人格者である曽我廼家明蝶を裏切るのだから)、最後の男が渡哲也だからではないかと思う。

┃ やきいも

三等列車で本当は禁じられているはずの啖呵売をはじめるミネ。持ってきた本を売り切ると、新聞紙に包まれたやきいもを手に恋人・実のもとへ戻ってくる。
なお、列車内では皆何かを食べたり飲んだりしていて、彼女が啖呵売をしている間、画面手前は酒を注ぎあう人の手で遮られている。

┃ 留置所の官弁

代議士殺人の犯人の仲間と間違われ、警察に捕まったミネと実。容疑は解けず……と言うより、本当は無関係だとわかっていながら、警察の面子のために無意味に勾留されている状況である。ミネはこの監房でつる(任田順好)と出会う。つるは「娑婆では米の飯はろくろく食べられん、ここにいるうちにたらふく食う」と言って官弁をガツガツ食う。
なお、官弁の中身はご飯とたくあん。短冊状に切った人参の煮物らしきものもちらちら見える。これが四角いアルミ弁当箱に詰められ、箸と一緒に渡される。
ところで、この留置所内でのミネのあだ名は温州みかん。四国の宇和島出身だから、みかん、らしい。

┃ つるは風呂吹き大根と酒茶漬け、刑事はパン

留置所から出されたつるは早速居酒屋へ。風呂吹き大根、ご飯、酒を注文し、ささやかな(?)祝いをしている。しかしあまりにガッツガッツ食うもんで、店の主人は引いている。しかも酒をご飯にかけて「酒」茶漬けにして啜り始めたもんだから、大ドン引き。その上無銭飲食。主人は大激怒するが、じゃああそこについて来ている特高に突き出してくれ、そしたらまた米の飯が食えるから! とまったく懲りていない。
実は彼女は労働組合のビラ撒きや演説をしていたため、常時刑事の監視がついているのである。このとき居酒屋の外でつるを監視している刑事はパンをかじっている。あんぱんとかの菓子・惣菜パンではなく、普通の食パンのようだった。

┃ こしょう

門司へ向かう貨物列車の上で再会したミネとつるは、同じカフェーに女給として勤めることに。淫売めいた振舞を嫌がったミネの行動が原因で、カフェー内はおもちゃ箱をひっくり返したような喧嘩に。映画にありますよね、よく。客全員が大騒ぎしはじめて、連鎖的に喧嘩が勃発、店内が大パニックになる「おもちゃ箱をひっくり返したような喧嘩」。ここで必殺技として登場するのがこしょう爆弾。女給のひとりがこしょうビンの中身をまき散らして、くしゃみを誘発するのである。
そしてこのこしょう爆弾は後のシーンでも効いてくる。笑

┃ ラムネとラムネ菓子

親に宇和島へ連れ戻される実を追って、ミネも別府から出る連絡船へ乗り込む。連絡船は大型のフェリーで、船内には売店もあり、飲料のラムネやそれを模したケースに入っているラムネ菓子(清涼菓子のアレ)などが売られている。フェリーの中の売店って大好きなのだが、この頃からすでに存在していたのだろうか。

┃ 麦茶

神戸で地元の荷役を仕切る長田の妻になったミネ。長田は荷役に関する地元事業者の集まる会議に出席するのだが、このときテーブルに出されているのが麦茶。まるっこい可愛いグラスに入っていた。

┃ トマトとスモモ、届け付けの酒

長田組に恨みを持つ岸本(安倍徹)は長田の荷役仕事を執拗に妨害するが、清次郎が助けに入り、長田組は無事荷役を終わらせることができた。長田はこの礼として、ミネに祝いの振る舞い酒を持たせる。清次郎は民衆のリーダー・おきん婆さん(菅井きん)がかくまい、古い艀舟の中に身を隠していた。
ミネが艀舟を訪ねると、清次郎はトマトをかじっているところだった。ミネは紙袋から取り出したスモモを彼に渡す。これ、私には大きさからしてスモモに見えたのだが、鈴村たけし『冬のつらさを 加藤泰の世界』(ワイズ出版)では「トマト」と書かれている。トマトだとしたら相当小ぶりで、清次郎がもともと食べていたそれよりやたら小さいものになってしまうのだが……。
酒を清次郎にすすめようとしたミネは、船内を見渡し、歯ブラシの立てられていたコップを袖でキュッキュと拭いて、それに酒を注いで渡す。歯ブラシは木の軸に動物の毛を植えたようなもので、靴などの手入れブラシのようだった。

┃ 米——大正時代の米騒動

本作後半のストーリーの根幹に関わってくるのが、「米」という食べ物である。
本作は1918年(大正7年)に起こった米騒動をモデルとしていると考えられる。3月頃から米の価格が急上昇、あっという間に白米が民衆の手の届かないものになる。米を輸入するなどの措置がとられるが、それも一般人の口には入らなかった。民衆の不満は次第に高まり、夏には全国各地で大規模な米騒動に発展。街は恐慌状態に陥り、米を求める民衆によって倉庫や商店が襲撃される。本作でも、神戸にあった鈴木商店などの有名な豪商が襲撃される様子が描かれている。
このような状況にも関わらず、長田一家はシベリア戦線へ送る米の荷役仕事を政府から依頼される。人足たちも、自分の口には入らないのに米を運ばされることに不満を覚えるが、ミネの説得でなんとか仕事はうまく運ぶ。このあたり、労働と公益に関する考え方が今と違う。ミネの説得は『ジャコ萬と鉄』でいうと「公益を選ぶ」谷口千吉版の考え方で、「労働者の権利を選ぶ」深作欣二版の考え方ではない。また、所々で米価の急騰を報じる新聞がインサートされるが、これは当時の新聞の実物だろうか。タイトルバックにも活字の原盤のようなものが映っているが、これも米騒動を報じる新聞をイメージしているのだろうか。