大衆映画食堂

昭和の日本映画に登場する食べ物たちの記録

『七人の刑事 終着駅の女』1袋200円のバナナ・山積みのみかん、お茶、取り調べのどんぶり、あんぱん、上野駅地下道のすし屋、宿直室のお茶、オレンジジュース、ケーサツの冷えたお茶、するめいか・らっかせい

七人の刑事 終着駅の女

出稼ぎ労働者やスキー客でごった返す上野駅16番線——東北線のホームで身元不明の女の死体が発見される。彼女は北上行きの切符を持っていた。第1発見者の駅員の証言により死体のそばにあった白い鞄が紛失していることが判明。警視庁から台東署に派遣された赤木係長(堀雄二)、沢田部長刑事(芦田伸介)、杉山刑事(菅原謙二)ら7人の刑事は、夜行列車の待ち列に代理で並ぶ「ショバ屋」が事件を目撃している可能性が高いとして、16番線を縄張りにしていたショバ屋を探す。一方、上野駅事務所内に設置された捜査本部には、被害者に心当たりがあるという人々が次々と訪れていた。しかし被害者の元は一向に割れない。あるとき、ふさ子(笹森礼子)という女が捜査本部を訪ねてくる。ところが彼女は刑事たちが取り込んでいて待たされているあいだに帰ってしまう。不審に思った久保田刑事(天田俊明)は彼女を尾行するが……

人気テレビドラマの映画化、刑事もの。
白黒でコントラストが強く粒子の粗い映像。音楽は劇伴が使われず、SEのみ。手ぶれやボケ、露出不足/過多も多く、ドキュメンタリー感を狙っていると思われる。ストーリーも激渋。刑事7人中4人が知らない俳優さんだったため上映中に誰が誰か判別できず、以下曖昧な表記が多くなっています。すみません。

┃ 1袋200円のバナナ・山積みのみかん

刑事のひとりが事件の目撃者を探してキオスクで聞き込みをするシーン。上野駅16番線のキオスクでは1袋200円のバナナや山積みのみかんが売られている。きっと夜行列車の乗客たちが長い旅路のおともに買ってゆくのだろう。

┃ お茶

上野駅事務所内に捜査本部が設置され、赤木係長らは台東署から派遣された山越刑事(大滝秀治)とともに捜査活動を開始。16番線のキオスクで聞いた情報から、16番線を縄張りにしていたショバ屋(夜行列車などの席取りの行列に代理で並ぶ仕事)が事件を目撃している、あるいは関与している可能性があるとして、ショバ屋を探し出して取り調べる。そのショバ屋の取調中、水玉湯呑みでお茶が出される。

↑ うちにある水玉湯呑み。

┃ 取り調べのどんぶり

事件の詳細を知っているというショバ屋が捜査本部を訪ねてくる。腹が減っているらしいので杉山刑事がどんぶりものを取ってやろうとするが、そこへ偶然入ってきた山越刑事がいきなり大声を出してショバ屋を追い払う。なんとそのショバ屋は取調中の食事おごり狙いのタカリ常習犯だった。台東署では有名で、もう誰も相手をしないという。それなら逮捕してくれ(豚箱は食事が出てシャバにいるよりいい環境だから)というショバ屋。あきれたものというか、社会のひずみの悲哀というか……。
(どんぶりを取ってやろうとした刑事、芦田伸介だったかも。)

┃ あんぱん

被害者の身元照会に来る人々への対応と、入った情報を元にした足を使っての捜査と、多忙を極める刑事たち。何か訳ありらしきみずぼらしい身なりの女・ふさ子が来ているにも関わらず、なかなか対応できないでいる。
置き引きにあった白いバッグがついに発見され、その中身を検分。その最中、急いで出先から戻ってきたらしき刑事のひとりが、紙袋からあんぱん(多分。形状から判断)を出して食べている。落ち着いて食事をするひまもないようだ。

┃ 上野駅地下道のすし屋

ふさ子は何故か刑事たちと話をしないうちに帰ってしまう。しかし、不審に思った久保田刑事は密かに彼女を尾行。するとふさ子は上野駅地下道にある小汚い寿司屋の勝手口に入っていった。久保田刑事が外から様子を伺っていると、男の怒鳴り声とドンガラガッシャーンという音が聞こえた。驚いた久保田刑事は思わずドアを開けるが、中からサンピン感溢れる下卑たオヤジが出て来て、開店はまだだよと言う。
この寿司屋には、食品サンプルを飾るようなショーウィンドーがある。実際に何が置かれているかは、映像が粗いためよく見えなかった。っていうか、そもそもこの店が寿司屋かどうか自体、曖昧……。
他のシーンでも地下道の飲食店街、ガード下の飲屋街などの上野の煤けた景観が数多く映る。高度成長期半ばの作品なので、やろうと思えばもっと小綺麗な場所を設定することもできたろうが、そこから取り残された世界を描くべく、舞台を上野に選んだのだろうか。

1013.1.11追記 この店はやはり寿司屋だった……。e様よりお寿司の値段の情報提供を頂きました。寿司120円、ちらし140円だったそうです。寿司が120円に比べ、バナナ1袋200円の高級感よ。当時はバナナは高級品で、1本あたり30〜50円したそうです。

┃ 宿直室のお茶

老婆が駅だか台東署だかの宿直室で休ませてもらっている。
もしかして殺された女は自分の娘ではないかと捜査本部を訪ねて来た老婆は、東北から娘を探しに上京してきたらしい。娘は出稼ぎに東京へ出て仕送りをしてくれていたが、病気で臥せっていた夫が娘に仕送りの催促をしてしまったため、それ以来娘は連絡をよこさず、行方が分からなくなってしまったらしいのだ。そして、老婆の夫はそのことを悔やみながら死んだという。刑事はその話を聞き、老婆が持っていた娘の写真から、彼女が最後に勤めていたのは赤坂の喫茶店ではないかと推測。赤坂署に連絡を取ってくれる。
このとき刑事(芦田伸介だったかな〜……)は宿直室備え付けの湯呑みで老婆にお茶を一杯入れてやっている。

┃ オレンジジュース

状況からしてヤクザ関係者の犯行である可能性が高いと睨んだ捜査本部は、地元ヤクザ・大場組(うろ覚え)の組長(大森義夫)を呼び出す。組長は、犯人は自分のところの三下・木島(平田大三郎)で、彼を出頭させようと説得したが逃げられたと言う。
しかし、実情はこうだった。捜査本部に来ていた女・ふさ子は大場組の幹部の情婦で、売春宿で働かされていた。そして、上野駅で殺された女というのもまたふさ子が働く旅館・松葉屋で売春させられており、そこから逃げようとしたために情夫である壷振りに殺された。ふさ子はそのために捜査本部に行ったのだが、実情を話す前に帰ってきてしまった。壷振りは組では稼ぎを作る重要な人物なので、出頭はさせられない。木島は壷振りの代わりに自首させられようとしている。
そして今、ふさ子は木島と駆け落ちしようとしていた。待ち合わせは上野駅の地下食堂街。ふさ子はなんとか荷物をまとめて旅館を抜け出し、先に地下食堂へ入った。食堂はかなり広い。セットではなく、実際の場所でロケしていると思う。セットで上野駅の食堂を再現している映画はたまにあるが(『男はつらいよ』とか)、本物は初めて観た。大型スーパーのフードコートとか、大規模な公共施設や大学の大型カフェテリアみたいな、無機質で冷たく、安い机と椅子がずうっと奥まで並んでいる感じ。
ふさ子はオレンジジュース(瓶入りをコップについでいる)を飲んで木島を待つが、木島は現れない。なぜなら地下食堂の入り口で兄貴分が見張っていたため、入るに入れなかったのだ。

┃ ケーサツの冷えたお茶

上野駅を張っていた沢田部長刑事らの活躍で、大場組の兄貴分と真犯人の壷振りは逮捕される。捜査本部に引っ張られたがそれでも生意気な態度を続ける彼らに、杉山刑事は「まー、ケーサツの冷えたお茶だけでも飲んでいきなよ」とヤカンに入れてあったお茶を入れてやるのだった。
(このシーン、全体的にうろ覚え。冷えたお茶を出すのは大場組組長に対してだったかも……)

┃ するめいか・らっかせい

こうして上野駅の女性刺殺事件は解決したが、娘を探しに来た老婆、家出した娘を探しまわっている夫婦などは結局目的を果たせないまま帰っていった。唯一よかったのは、東京へ仕入れに来た東北の衣料品店(?)の夫婦が上野駅ではぐれてしまい、旦那のほうが大慌てて遺体の照会に来たが、「うちの嫁はもっとべっぴん」と勝手なことを言って妻の捜索願を出したいとせがんでくるも、実は妻のほうが先に彼の捜索願を出していたことでアッサリ解決&再会できたことくらいか。
上野駅の喧噪やインタビュー音声をバックに、刑事たちが簡単な打ち上げ(?)をしている様子が映し出される。みな一様に何かまだしこりが残っているような表情をしたままだ。歓談することもなく、それぞれの席でするめをチビチビ食べたり、らっかせいの袋を開けて中身をざらっと出したりしている。