大衆映画食堂

昭和の日本映画に登場する食べ物たちの記録

『父子草』おでん屋台「小笹」、持参白飯とぜんまい・大根、がんも・たまご・タコ・ネギマ、持参白飯と大根・お豆腐、お酒かチュウか、50円分のおでん(うんとしみたとこ)とチュウ、旅館での復員祝い、野良犬にもおでん、差し入れのお団子、差し入れの煮魚、みかん・りんご・森永のドロップ、ユビヌキ・おごりのお酒

父子草

踏切の警報機が鳴り響く線路脇。ガード下に出ている小さなおでん屋台「小笹」は女将・竹子(淡路恵子)が女手ひとつで切り盛りしている。その「小笹」に、平井(渥美清)という土工の男が来ていた。初老に差し掛かるかという年頃にも関わらず短気で喧嘩っ早い平井は、「小笹」の常連の勤労予備校生・西村(石立鉄男)が自分の奢りを受けなかったことが気に入らず、喧嘩をふっかける。老体な平井は当然のごとく西村に負けてしまうが、その翌日、雨の中西村が「小笹」へ夕飯を食べに行くと、あの平井がリベンジマッチだとばかりに待ち構えていた。しかし平井は西村にまたもぼろ負け。3日目、その日は平井がいつまで待っても西村は姿を現さなかった。しばらくして西村と同じアパートに住んでいる娘・美代子(星由里子)がおでんを買いにやって来る。西村は昨日喧嘩でびしょぬれになってそのままバイトへ行ったため、風邪を引いて寝込んでしまったというのだ。その話を聞いた平井は、「飯場の仲間に持って行ってやりたいから、おでんを鍋へたくさん入れてくれ」と女将に頼む。


滋味溢れる人情もの。トーンを押さえた演出が地味ながら味わい深いストーリーを際立たせている。石立鉄男と星由里子がとてもカワイイのが良い。人生の酸いも甘いも噛み分けた渥美清淡路恵子の派手すぎない芝居も素晴らしい。浜村純にはかなり泣かされる。渥美清と親子とは絶っ……対に思えないが。まっとうで地に足がついた本作だが、そこだけは謎設定。

┃ おでん屋台「小笹」

どこか都心から離れた住宅が多い街の駅のほど近く。踏切の近くのガード下という立地に、おでん屋台「小笹」は出店している。片方が高架で片方が地上の2路線が乗り入れている駅の近くかな。電車の型からすると京成沿線という説がある模様。お客は帰りがけのサラリーマンが多いようで、常連もそこそこついているようだ。女将の竹子は一人でこの店を切り盛りして、旦那と子供を食わせているらしい。おでん鍋ではさまざまなタネがおいしそうな湯気を立てながら煮えている。結構ちゃんと煮込んでいるようで、ちょっと形が崩れているものもある。お酒は清酒と焼酎を用意。ピカルディのようなちょっと変わった形のコップを使っている。ワンカップ大関みたいなてきとうコップじゃないところがちょっと粋。

↑ こんな感じのグラス。ただし、中身はこぼれるくらいについでくれる。

┃ 持参白飯とぜんまい・大根

近所に住む西村は、昼は予備校に通い、夜は高校(?)の夜警のバイトをしている浪人生。親からの仕送りをもらわず、自活しているというえらい好男子である。予備校が終わったあと、バイトに行くまでに「小笹」に寄って夕食をとるのが彼の日課。四角いアルミ弁当箱に日の丸弁当を詰めて持参し、おでんをおかずに食べるのが好きらしい。今日も西村は「小笹」へやって来て、ぜんまいと大根をおかずにご飯をぱくつきはじめる。
ぜんまいのおでんって自分は初めて聞いたのですが、ネットで検索すると珍しいけどある程度存在しているもののようですね。なお、自分の実家のおでんは「だし汁でタネを煮て、すりごまを加えた味噌をつけて食べる」という名古屋文化圏でした。

┃ がんも・たまご・タコ・ネギマ

このとき平井が食べていたのががんも・たまご(多分)。平井は西村のぜんまいと大根といううら寂しい注文を見て西村に奢ってやると言い出し「タコやネギマだってケチケチすんな!」と女将に注文をつける。しかし西村は知らない人におごってもらうのはイヤだと見えてそれを固辞。平井は「人の好意を無下にしやがって!」と息巻き、西村に喧嘩をふっかける。

┃ 持参白飯と大根・お豆腐

その翌日。西村はまたも日の丸弁当持参で「小笹」にやって来る。今日は大根とお豆腐を食べるようだ。あいかわらずうら寂しいチョイス。昨夜の恨みを晴らすべく待ち構えていた平井は西村に再び喧嘩をふっかける。あまりのしつこさに、西村は雨の中、となりの空き地で平井を相手に本格的な大喧嘩をする。

┃ お酒かチュウか

このシーン、前後をちょっとうろ覚え。女将にお酒(清酒)かチュウ(焼酎)か、どちらをつけるか聞かれた平田は「決まってらい!」と答える。女将は言われなくてもわかっていましたという顔で「安いほうですね」と答え、棚の焼酎びんを取る。
本作では特定メーカーとのタイアップはないようで、酒は八重桜など、色々なものが置いてあってリアル。

┃ 50円分のおでん(うんとしみたとこ)とチュウ

3日目。平井がいつまで待っても西村は姿を現さなかった。だいぶ遅い時間になって、西村と同じアパートに住んでいるだんご屋の娘・美代子が小さな両手鍋を持ってやって来る。西村が昨日の喧嘩のせいで風邪を引いて寝込んでしまったので、おでんを50円分買って帰るというのだ。女将は「うんとしみたとこ」を鍋に入れてやるが、一連の会話を聞いていた平井は突如女将に「飯場の仲間におでんを持って行ってやりたいから、鍋を貸してくれ、たくさん入れてくれ」と言い出す。
女将は別煮用らしい小ぶりな鍋を取り出し、それにおでんを入れながら、全て見抜いたように「……少しでいいんじゃないのかい?」と言う。照れた飛来は「酒も持ってくぜ、チュウのほう!」と酒&おでんたっぷり鍋を手に、西村のアパートのほうへ歩いてゆくのだった。

西村の部屋を訪ねた平井はゴロ寝していた彼と一緒におでんを食べる。貧乏アパートで家具も勉強机とちょっとした戸棚くらいしかなく、食卓はみかん箱くらいの木の台を代用。箸箱と自分用の茶碗がはじめからそれに乗せてある。昔の映画だと、下宿人なんかは一応自分の部屋なのに箸箱を使っていることがしばしばある。昔は家の中でも箸箱を使ったんですかね。ちなみに平井用には奥から適当な茶碗を出してきていた。そして1杯だけチュウを飲ませてもらっていた。

┃ 旅館での復員祝い

平井は西村を息子のように思いはじめていた。女将はそれは平井には妻子がいないからだと思っていたが、実はそうではなかった。
平井には故郷の新潟に妻子がいた。もう会うことのできない妻子が。彼は「生きていた英霊」だったのだ。彼はシベリアに長期間抑留され、帰国できたのは終戦から5年を過ぎた頃だった。船で帰るという電報を打った彼を港で待っていたのは、年老いた父(浜村純)だけだった。
父は平井をさびれた旅館へ案内した。実家では平井は戦死したと思われており、平井の妻は彼の弟と再婚したという。平井は絶望のあまり旅館を飛び出すが、追いかけてきた父の説得で旅館に戻り、父とふたりだけで復員祝いの食事をとる。別に派手な料理ではなく、おかずは魚と小鉢くらいの粗末なものだった。ごく普通の漁民である彼の実家には、終戦間もないこともあって、平井を歓待するほどのお金がないのだろう。

┃ 野良犬にもおでん

……という話をしながら、寄ってきた野良犬におでんをあげている平井なのであった。

┃ 差し入れのお団子

大学受験をあきらめかけていた西村だったが、平井の励ましで一念発起。平井と西村の3回戦目は来年3月とし、西村が大学受験に受かれば西村の勝ち、落ちれば平井の勝ちということになったのだ。
西村はしばらく休んでいた夜警バイトにも真面目に出るようになった。そんな西村を応援する美代子は、宿直室に店の売れ残りのお団子を差し入れとして届ける。あらかじめ用務員室に電話を入れておいて、裏門を開けてもらったのだ。ふたりは夜のプールでしばし話し込む。

┃ 差し入れの煮魚

平井は貯めていた虎の子の5万円(だったかな?)を西村に渡そうとする。あまりの大金に西村も女将もびっくりして、自分のためにとっておいたほうが良いのではないのかと言うが、平井はどうしても西村に受け取ってほしかった。お金の心配でバイトをしなくてすむようにしてやりたかったのだ。そして次の工事現場へと旅立って行った。
時は流れ、雪が降る季節になった。久しぶりに平井が「小笹」へ訪ねてきた。西村はどうしているか聞く平井に、女将は「先だって煮魚を差し入れに行ったら、バイトの心配がなくなったので日がな一日一生懸命勉強していた」と答える。平井は今度は8万円以上もの大金を西村にやりたいと言う。これだけあれば滑り止めも何校も受験できるだろうと言うのだ。女将は平井も年なのだから万が一を考えて貯金をしたほうがいいと言うが、平井はどうしても西村に渡してくれと女将に頼み込む。

┃ みかん・りんご・森永のドロップ

平井はさらに、背中にしょっていた大きなリュックから、栄養つけにということか、みかんとりんごを紙袋いっぱい、それと森永のドロップ缶を取り出し、女将から西村へ差し入れてくれと頼んだ。

┃ ユビヌキ・おごりのお酒

そして3月がやって来た。平井はまた「小笹」に帰ってくる。タイミング悪く女将は留守で、常連客が勝手に鍋をつついていた。確かここでユビヌキは煮えてるよとかいう台詞があったと思うのだが、「ユビヌキ」なるタネがなんのことかわからないので、もしかしたら私の聞き間違いや文脈の取り間違いかも。
平井がふと見ると、屋台にはかつて平井が叩き割ってしまった父子草(ナデシコ)の鉢が置かれていた。それには、別れる前に西村へやった父子草の種が植えられていた。これによって西村の合格を悟った平井は、屋台にいた客にをおごると言い出す。
そして、女将に呼ばれてやって来た西村とついに再会を果たすのであった。